2015年11月3日火曜日

青年海外協力隊に初応募~青少年活動編~合格への道~その1

ぼくは青年海外協力隊へ3度目の応募で合格した。

思い立ったのが平成25年度の秋募集、その夏にベトナムとラオスに旅行に出かけ、バスに揺られながらもしかしたら近々会社を辞めるような気がした。

厳密な理由はわからない、だけど、異国でどこへぞ向かうバスよりも、これからの自分の人生の方が行き先が見えてしまったことに恐怖を感じたからかもしれない。
気の赴いたときに海外に行くことのできる生活が欲しかったのかもしれない。

最初は仕事でもボランティアでも海外に行ける道を模索した。

しかし、一旦協力隊への道を思い立ってしまうとどうしてもなりたいと考えるようになってしまった。
これを経ないと自分の人生が先に進まないような錯覚さえ覚えた。


今回は最初の応募の書類を公開する。
初心を忘れないようにするためと、協力隊を志す人の参考になれば幸いと思ったからだ。

ラオス ルアンパバーンにいた女の子
写真はブログの内容とは直接関係ない
参加を思い立った旅行ということで・・・


職種は青少年活動。


1ボランティア活動に参加する動機 抱負について記述して下さい

海外で働くこと住むこと長期の旅を夢見つつ時間をかすめ取っては旅を繰り返してきた。やがて現地の人と思い出や楽しみを共有したい想いから人にカメラを向け、写真をその場で渡すことを始めた。それをきっかけに文通が始まりそれが今でも続いている相手もいる。旅で学んだことは多く、現地の人との触れ合いや情はかけがいのない経験として心の中に残っている。いつしかそんな国と人達に対して交流を超えて恩返しをするつもりで地域に根を下ろしてより長い期間深く人と関わり役に立ちたいと考えた


2御自身が考えるボランティア活動の意義 目的を記述して下さい

旅先で出会った人達にその場で写真を差し上げたのはプライズと少しだけ特別な日になってくれたらとの思いからだった。そのやり取りはとても楽しく私の気持ちもとても満たされていた。人と人との関わりを大切にし、人が喜ぶものを考えて自発的に無償で提供する。決して上からの立場でなく友達に小さなプレゼントをする感覚。今度はそれを受けた側が小さなことであっても誰でも何かできるという気持ちや行いが循環すれば世の中がきっと良くなるはずということを皆が感じて実践できること。


3この職種を選択した理由


地方部で地域密着型の活動を行いたいのでコミュニティ開発も視野に入れた。根底となるのは子供と触れ合うことが好きで子供ありきの活動を行いたい。具体的な技術や知識よりも生き方や考え方を遊び相手のような立場から身につけてもらうことをモットーにゆくゆくは地域を担う若者を輩出させる土壌を開拓したい。お互いに心の底から楽しいと思えるような活動を行い心に残る隊員になること。子供と過ごすことを最優先し学校や児童センターのような所で現場中心の活動がしたいので青少年活動を選択した


4この職種に対するご自身の経験実務等、技術適合性セールスポイントを具体的に挙げ記述して下さい。その際、ご自身の選んだ要請内容に対しての技術適合性についても触れて下さい

 現在、機械関係の職場で品質管理課に所属し主として機械部品の検査を行っている。志望している職種とは異なるが活かせる部分は大いにある。先ず「5S」と「改善」が挙げられる。例えば職場が不衛生であったら整理整頓を基本としできる範囲で掃除を行い皆が清潔に使えるようにしたい。それにより子供や職場の皆が気持ち良く過ごせ種々の病気などから子供たちを守ることにもつながるはずである。また、庶務や雑務も多く、「何でも屋」的な部分も担っていたので諸処の立ち回りや施設面で危険な箇所や修繕の必要な箇所を発見し、可能であれば自ら直したりする等、何らかの工夫や機転が利かせられる。そこには検査業務という手先の器用さと細かさが求められる点、細かい箇所に目を配る視点が活きてくるはずだ。小さなことでも仕事のしやすい環境を求めて様々な工夫を試み、社内の人でアイデアが豊富な人を見ては自分の中にも取り入れようともしてきた。小さな会社であったが社長はもとより社員の多くがチャレンジする精神を持っており組織が変わってゆく感が目に見えていた。社内に良い空気が流れており仕事こそハードであったがそこに身を於くのはとても心地よかった。その「良い空気」「変える」「変わる」醍醐味を途上国の人に味わってもらい、ものつくりの職場で培った自ら生み出し作ることの楽しさと重要さを伝えられればと思う。更に前職では調査、取材の仕事を行っていたので人の話を聞く力、一体常識とは何かと考え込んでしまう程の世界や人間を見てきたので多様な社会を。社会人経験を通じて得た一般常識、応用力、社交性、過酷な状況に対する耐性もセールスポイントと考えている。


5この職種に携わる際に想定されるご自身の弱点を記述して下さい

実務経験がない故に突如のトラブルやハプニングに対して適切な応対ができるかの懸念がある。他人にも自分にも甘い面があり人に迷惑をかけたりする等問題のある子供に対してはっきり叱ることができるかどうか、またその指導方法。その点は現地で同僚となる人達を見て訊ねて学び同時にコミュニケーションも図る。極力、書物での知識も吸収し理論と実践を試行錯誤しながら理想とする活動につなげたい。


6自己PR(希望した職種に関係する経験以外で特筆すべき経験を記述して下さい)

大病を患ったことがなく、大怪我、入院の経験がなく一年を通じて体調を崩すことも殆どない。また、偏食もなく途上国においても食べられなかったものはなく水あたりもしない方である。渡航経験は2ヵ月半インド、ネパール、タイの3カ国を周ったのを初めに10カ国余り。今年の5月まで7年間程スポーツクラブに通っており、自転車で130キロ程度の距離を走ることもある。以上の経験から人並み以上に過酷な状況への適性、体力は備わっており、おおよその派遣先においても適応できるはずだ。


7帰国ボランティアの体験談や報告書などで心に残るエピソードや、御自身が実際の活動に取り入れたいと思うアイデアなどを記述して下さい

何がしたいかということを大事にし、自分自身が変わることのできるチャンスでもあると言われた時。そして以前とは関係のない職種で活動に参加された方の「必要なのは最後の一歩を踏み出す勇気や熱意」との言葉で私自身の迷いや目の前の霧が晴れた。私は以上の言葉を信じ行動することに決めた。次は私が協力隊参加後に同じことを年齢や経験の面で躊躇している人の背中を押してあげることがしたい。


8実際に派遣された場合どのようなボランティア活動を行うのか活動内容、日常生活を含めて具体的に記述して下さい

派遣先の現状に適した活動が行えるよう状況を把握する。現地の人々にお世話になるつもりで謙虚な姿勢で接し、住民と同じものを食べて飲む等文化や価値観を理解し住民の一人として地域に溶け込む。写真撮影等でコミュニケーションを図り「面白い日本人」と注目されることで住民の活動への興味、参加をねらう。子供達の良き遊び相手となれるように自身の経験や知識、日本の文化や遊びを取り入れることができるような提案、紹介を行う。余暇には楽器演奏、語学、折り紙等を愉しみ活動に反映させたい。


9帰国後参加経験をどのように生かしたいのか記述して下さい

現地で使用した語学の学習を続け、活動期間中に知り合った人達を含め派遣国とその国の人達と関わりを持ち続けたい。初めは個人レベルでも構わないので交流を続けゆくゆくは文化的な面でその国と日本の架け橋となる活動がしたいと考えている。そして、実際の活動の話や現地で撮影した写真を披露する機会を得て、ボランティア活動を含めて日本の人に海外に行くこと、人と触れ合う素晴らしさを伝えて行きたい。


ルアンパバーンの托鉢の風景




職種別回答

青少年活動

1あなたのボランティア体験を記し、それを活動にどのように生かしたいと考えるか述べなさい

問1 海外に自費で行くこと国際協力が可能な環境にあることがどれだけ経済的に恵まれているかを知るだけでも海外へ行く価値はある。それを実感しながら旅の最中現地の人を写真に収めてきた。そして写真をモバイルのプリンターで現像し相手の名前を日本語で書いてプレゼントした。そこには写真を媒体に一緒に遊び、喜びを共有したいとの思いもあった。更には写真を見返すことで行きずりの旅人と出会った時間を思い出してもらえればとの気持ちも含まれていた。
現地の人を撮影する旅行者は多いが、ただのカメラを持った旅行者でなく少しだけ風変わりな旅行者として相手の心に残ったのではないだろうか。そこにこそ仮に目に見える形を残せなくても本当に楽しい期間を過ごして人の心に種を残せる存在になりたいという私の考える協力隊員としての姿がある
私にとってカメラと写真は現地の人達の中に飛び込む勇気を与えてくれる上、言葉を必要としないコミュニケーションツールでもある。しかし、言葉の重要性は現地語が話せることで現地の人とりわけ子供達と仲良くなれることで実感した。それはキューバに旅行会話程度ではあるがスペイン語を覚えて行った時であった。
被写体には子供が多く写真の他に日本から持参したお菓子をあげることも多い。決してねだられたからではなく自発的に。撮影相手には撮らせてもらうという敬意を持ちたかったのでそのお礼の意味もあった。更に自分で選んだお菓子をおいしそうに食べてくれる姿は私自身も嬉しい気持ちになれるのである。「モノ」を渡すというのは良くないという考えもありそこには私も賛同する。ただ、私は生きていれば良いこと面白いことが起こるので希望を持って生きて欲しい、それを自らの手で実証したいが為に何の前触れもないプレゼントをしたいのである。そしてそんな子供達の未来に対して何か手助けがしたいとしたいと考えるようになった。
一つ一つの行為とそして人生を愉しむことを現地の人にも伝えて行きたい。人を楽しませることを考えて行動し相手の喜びは自身の喜びへつながるということを感じながら。地域の青少年の自主性を促しその活動を支援できればそれ以上のものはない。
中には楽しいことばかりでなくつらいこと、悲しいこと、むしろそちらの方が多いかもしれない。そんな時でも共に分かち合うことのできる家族や仲間がいて、皆でそれを乗り越えてお互いに人間的に成長できる。そんな境遇にいることも一つの幸せなのではないだろうか。
そんな私のボランティアと称するに値するか疑わしい体験と持論であるがどこかボランティアの精神は生きているはずだ。草の根の国際交流が楽しくてたまらなく、大げさだが私がこの世に生まれてきた価値を認めてもらえた気持ちになれる。そして人に存在価値を認められることがどれだけ生きがいになるかということも知った。これも活動期間中大事な考えになるはずだ。
私はボランティア及び青少年活動に対して素人である、そのことはハンデではあるがプラスにもなると捉えている。
募集要項を読むと日本での常識が一切通用しないとの旨が書かれていた。もちろん経験に勝る知識はない。専門的な教育による知識かつ十分な活動の経験を有す人も少なくない。しかし知識や経験がないこちらが教えてもらうことも多く分吸収も早く思い切った行動がとれる。現地の人たちと足並みを合わせつつも体当たりをするつもりで汗まみれ泥まみれになって何かをつかみたい。その何かは活動期間中の集大成とも呼べるべきものだろう。
そして関わった人達にこう伝え続けたい。
確かにお金も大事だがもっと本当に大事なものがある。私が日本人という世界でも有数な経済的に恵まれた環境にいる人間だからそう言えるのだと反論もあろうがそれは違うと思う。しかし私自身それに対して明確な答えは出せないままである。私は一生をかけてそれを探し出すつもりだから、みんなにもそれを探して欲しい。


2青少年活動の指導者として必要な資質について具体的に述べなさい

問2 自らの言動に嘘がなく約束を守ることができること。人に優しく接し相手を思いやることができること。自分自身と考えの合わない相手であっても意見や考えを理解し尊重できること。話しやすく相談しやすく意見を言いやすい雰囲気を持ちそれを聞き入れることができること。上からでなく相手と同じ目線を持って相手が悪いことをした時など頭ごなしにしかるのでなく、どうしてそんなことをしたのか相手に聞きこちらもその背景を理解しようという余裕が持てること。きちんとお礼が言い謝ることができること。少しだけほかの人とは変わった観点と自分自身の考えを持っていてそこから自発的な行動ができ、それが俗世間との常識を逸脱していないこと。他人の長所を見つけることができそれを伸ばせるような役割を与えることができること。この人について行きたい一緒にいたいと思わせるような人物的魅力に富むこと。以上を実践しそれを青少年に伝えることができること。


3途上国の青少年を取り巻く諸問題に対してあなたはどのような貢献ができるか具体的に述べなさい

 問3 途上国の子供は義務教育であっても家の手伝いや仕事等その多くは経済的な事情で通学できない問題に直面している。長い目で見れば教育を受けた方が後々の高収入につながる可能性が高いのだが貧困の度合いが高いほど目先の金銭が優先され、現状を打破することは難しい。また教育への無関心さや教育を受けることへの偏見がある地域も存在している。スポーツや情操教育についてはより顕著でないがしろにされやすい。だが教育の問題を含めそれ以上に学校で友達を作ったり勉強したり遊んだりすることは本当に忘れられない思い出になる楽しい場所であるはずだ。国全体の問題を改善するのは難しいが、もし派遣先で同様のケースに立ち会った際には初等・中等教育がいかに一般的な教養や常識を得るために大切な場所であるかを本人と家族に話して学校に来てもらえるように話をしたい。複雑な環境下におかれた子供をえこひいきをするつもりではないがそういった子に対しては特に気を配り自身の存在価値を認めることができるように何をしてあげられるかを考え、希望を持って生きることを伝えたい。
更なる問題として裕福な国の人々が援助してくれるという依存的気質から国や国民が脱却できずそれが青少年にも波及してしまいがちな点が見られる。そこでなされる援助は金や物が主となる。私が現地に赴くことがあっても個人レベルであれば、ある程度の物は与えることができる。しかし私がいなくなった後その物が壊れたりなくなったりした際に一番困るのは他でもないそこに残された人々なのだ。常に助けられるという考えが浸透してしまうとこのような時に何をしたら良いか途方にくれてしまう。だから私は遊びやスポーツの道具がなければ自分で作るという行為を実践し、例えばサッカーのボールやゴールネットなど初めは上手くいかないかも知れないが試行錯誤していくうちに納得のいくものが作りたいと考えている。そこに行き着くまでの過程を通じて「Do it yourself.」の気持ちを持って実践してもらえればと願う。行動にしても同様である、自分で何か行動を起こすだけで何かが変わるはずである。私はそれを知ってもらう為に様々なイベントを開催したい。例えば運動会や文化祭、もっと小さくても良いので音楽の演奏や料理を振舞う程度、懇親会でも良いと思う。普段と異なる行動がとても楽しくやりがいのあることだと気づいて欲しい。トップダウン方式でサークルを形成させてもすぐに形骸化してしまい維持は困難だろう。先ずは自ら手本をみせて私と地域の人々を交えて遊び等の計画を練ることを始めて、少しでも良いから目線を変えるだけで多くのものが見えてくることを伝えたい。後に彼らが率先して地域の問題点について論じ合い良いアイデアを出し合い、活動が活性化し新たなコミュニティを生みだす。ゆくゆくは彼らの手による地域社会が形成されその志を継承した若者達と共に活動を行うことが私の理想である。以上とても難しいことだがチャレンジする価値はある、私はそう信じている。


4 指導経験

割愛


ルアンパバーンの子どもたち


我ながらよく言ったものだ。本当にこんなことできるのかよ。
多書類選考すら通過する自身がなかったので、半ばたたきつけるようなつもりだった。
沢木耕太郎の紀行文が好きだったことも災いして、海外に行く自分、ボランティアに参加する自分に酔っている。
もちろん沢木氏とは感受性や文章力で雲泥の差があるが。

それでも、一般論でもあるがそう間違った考えではないと思っている。

そして、信じられないことに1次選考を合格することができた。
だいたい、要請が60人に対して応募が300人。合格者が100人といったところだった。


いざ、面接となった

面接は人物面接と技術面接の2種類があり、午前中に人物面接が行われた。

志望動機、自身の長所短所
自分の仕事内容と要請に活かせそうな部分

また、ボランティア経験の乏しさを突かれた


午後に技術面接が行われた。

同じく志望動機と、この要請を希望した理由
協力隊に応募するには年齢が高めだが、この時期に道を変えることは思い切ったことではないのか。
という質問に対して、後悔はしたくない。海外の渡航経験が参加の動機でもあるので旅に感謝していて旅に恩返しがしたい。
などとまたしても沢木耕太郎のようなことを口走ってしまった。
答えている途中、あ~何言ってんだろ。と思いながら。

更には、音楽やスポーツの指導経験が皆無に近いのだが、そこはどうする?
とも尋ねられた。
大抵、どうする?という質問はどう答えようもないシチュエーションでなされる。
しどろもどろになりながら、海外で子どもと遊んだ経験から幼い子であれば何とかできると答えた。(しかし実際は幼い子の指導の方が難しいと思う。)

多分落ちるだろうな、との予想通り2次選考を通過することはできなかった。

結果論になるが、旅とボランティアが延長線上にあり、単に海外に行きたいだけのような返答をしてしまったことがマイナスであった。
また、できないことをどうやって克服し、埋めていくかが求められたのではないかと思う。






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